水の都と呼ばれる島根県松江市。この町で、「ドギ」という深海魚の料理が食べられると聞きつけ、やってきた。ドギ……耳慣れない名前の魚だ。ネット検索をすれば情報は瞬時に得られるが、触れるものは触り、食べられるものは食べて確かめるのが、フカメディアの流儀。ドギを提供している居酒屋「根っこや」へと潜入した。
川沿いの、何を食べても美味い店
宍道湖から中海にそそぐ大橋川に沿って走る通り沿いに、「根っこや」はあった。2階建てのお店は、靴を脱いで上がるスタイル。平日の18時半、すでに多くのグループ客が小上がり席の卓を囲んでいる。右手には、厨房を望んで飴色の天板がツヤツヤと光るL字カウンターが見える。迷いなく、カウンターのすみっこを選んだ。
デジャヴ。佐世保でマツカサウオを食べた時と同じポジションだった。取材には欠かせない「観察」には、すみっこが適しているのだ。とか最もらしいことを言いたいところだけど、単にひっそり生きていたいだけだ。
店の推しであることを示すマークがついている。
安寧の地を手に入れると、すぐさまメニューを確認。揚げものページに「コラーゲンたっぷり。底曳き漁の期間しかとれずあまり出会えません。」と紹介されているドギの唐揚げ。それが目的の料理だ。
そして、島根といえば宍道湖のしじみ。ドギを待つあいだのアテに、ぬかりなく注文しておいた。お通しに続いて運ばれてきた、しじみの酒蒸し。べらぼうに美味しい。しじみエキスがしみじみと五臓六腑に沁みわたる。
箸置きが洒落ている。右の穴は何かに使うのかと、しばらく考えたが分からなかった。
間違いない、ここはたぶん、「何を食べてもうまい店」だ。その確信で、酒が進む。ピッチが上がるのを見透かしたように、ドギの唐揚げは驚くほどすぐにやってきた。
価値がない? あんまりな呼び名がついた深海魚
水木しげるが描く、口から出た魂のような見た目だ。
ひょろりと細く、ゆらめく身体が儚げなユーレイのような姿。ドギと呼ばれるこの魚は、水深200メートルから1620メートルの深海に生息するゲンゲの仲間。あまり食用にされてこなかったことから、下(げ)の魚=ゲンゲの名がついた。山陰地方では、魚を表す言葉「ギ」に、侮蔑を表す接頭語「ド」をつけて「ドギ」と呼ばれているらしい。つまり、卑しい魚、 どうにも価値のない魚を意味する。あんまりな呼び名だ。
ゲンゲの仲間は230種ほどが確認されているものの、食用にされているのはタナカゲンゲ、ノロゲンゲ、カンテンゲンゲ、シロゲンゲの4種くらい。ゲンゲは漢字では「幻魚」と書く。字面までもが儚く、どことなく神秘性をまとっている。
てらてらと油を反射して光る身体は、まるで生きているように美しくゆらめいている。
深い海の底で、ヘビのように漂うというゲンゲ。唐揚げになってもなお、生きているようにしなやかな流線を描く。頭からしっぽまで、ぜんぶ食べられるというので、食べてしまう前にじっくり観察しておく。頭の後ろから背びれにかけての黒いラインが、なんだかオシャレ。
さて、どっちからかぶりつこうか。なんとなく顔はあとに残しておこうと、しっぽから食べることにした。しっぽは先が平たくなっていて、骨せんべいのように軽い。カラリと揚がって香ばしく、どこかエビのような味わいがある。
しなやかでカラリとしたドギ。海の底で漂う姿が想像できる。
身にたどりつくと、しっぽの軽い食感とは違うみっしりとした噛みごこちを感じることができる。内臓は丁寧に処理されているのか、苦味は感じなかった。焦がし醤油のような香ばしさがあったので下味が付いているのかと思ったが、特に付いてないそうだ。店には、干した状態でやってくるという。
頭も軽いが、歯触りのいい食感のしっぽとは少し趣が異なる。メレンゲ菓子のように口の中ではかなく形を失っていくのがわかる。「小骨があるので気をつけて」と説明を受けたが、しっかり噛み締めれば特に感じず、旨みがぎゅっと滲み出てくるようだった。
2尾めは薬味の大根おろしと共に頭から。さっぱりとしたおろしの甘味が加わって、より口あたり爽やかにいける。こんどは最後に残ったしっぽが、もうデザート感覚だった。コースを締めるデザートの、アイスについてきたウエハースを食べた時の気持ちを思い出した。
小さな歯がはっきり確認できる。もれなく丸ごと、召し上がれ。
よーく噛みしめて味わうタイプの料理で、一品でお腹を満たすおかずというよりは酒のアテ。「下の魚」といわれた、ドギことゲンゲは、晩酌のお供になる深海魚だった。
居酒屋 根っこや 住所:島根県松江市伊勢宮町542-6 営業時間:[ランチ]11:30〜14:00 [ディナー]17:00〜22:30(LO.22:00) ※金・土は23:00閉店 定休日:年末年始 Instagram:https://www.instagram.com/nekkoya__official
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