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深海魚を喰う宴。路面電車に乗って日常と非日常が交錯する深みへ

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いつもと変わらない日常に、ささやかな非日常があらわれた。

路面電車がゴトゴトと音を立てる鹿児島市内の街にぬるりと姿を見せたのは、妖しく光る「マグマ深海魚電車」。その光景に道ゆく人は目を奪われ、信号待ちをするパトカーからはお巡りさんが乗客に応えて手を振った。

「マグマ深海魚電車」とはなんだったのか。迷わず乗れよ、乗ればわかるさ。というわけで乗ってきた。

わし、めっちゃ美味しいんですわ

鹿児島の路面電車こと市電の車両基地。空の色が深くなるにつれて、ぞくぞくと人が集まってくる。出迎えるように停まっている電車は、深海生物の写真を貼りめぐらせてドレスアップしている。

停車場によっては鼻先20センチの距離でこれを見た人もいた。

この「マグマ深海魚電車」は、実は美味しいのにあまり知られていない深海魚と、焼酎「七窪」を味わってもらおうと企画されたイベント電車。水深200メートル以上の深さを持つ鹿児島の海は深海魚の宝庫であり、深海魚は焼酎とならんで「地元の味」でもあるのだ。

テーブルと固定式のハイチェアに改装された車内に乗り込むと、各席には今日のためにつくられた深海魚料理の折り詰めと焼酎セット、そしてお土産の品が用意されていた。

袋の中にも焼酎がしこたま入っている。

箔押しの掛け紙が夜に映える照明を受けて、「わし、めっちゃ美味しいんですわ」とばかりに煌めいている。

開けんでもわかる。キミは美味しい。

中には深海魚を使ったお寿司と、アテの一品が入っているという。はやく食べたい……!ソワソワと発車を待ちわび、迎えた定刻の19時。このイベントを企画したひとり、東酒造の福元社長による合図で、電車は警笛をひとつ鳴らして車庫線から街へとすべり出した。

料理が熱水噴出孔に見え、静かに興奮

南に向かって走り出し、はじまった1時間半の宴。「深海魚を食べてみたい!」と集まった初対面の乗客どうしが、まるでいつもそうしているかのように杯を交わす。

乾杯を見つめるのはマグマシティPRキャラクター・火山の妖精マグニョン。

用意された深海魚料理は写真の右手前から時計まわりに、ハマダイ、炙りボウズコンニャク、キンメダイ藁焼き、ナミクダヒゲエビ、漬けメダイ、シマアオダイ、ヒゲナガエビの7種類の握りと、ヒメアマエビとあおさのかき揚げ。

はじめてお目にかかるネタばかり。

どれも素材に合った調理がされていて、旨みをたたえた脂がじわっとにじみ出る。美味しいよぅ、美味しいよぅと噛みしめながらふと目を落とすと、かき揚げがエビの群がる熱水噴出孔に見え、ひとり静かに興奮した。そう見えるように意図されたのかどうかは、分からない。見ても食べても美味しくて無限に酒が飲めてしまうところだったけど、このイベントの記事を書かねばならないという一点でギリギリ理性を保つことができた。

鹿児島の人々が深海魚の美味しさに気付いた

のっけからフルデプスへと突っ込んでいくようなMCで場を盛り上げたのは、鹿児島大学水産学部の大富潤教授と、弟子として同大学大学院に学ぶ上園歩美さん。深海魚レクチャーがあると聞いていたが、むしろ漫談という方がしっくりくる。それもそのはず、上園さんは釣りガールとして南日本放送でレギュラー番組を持つタレントでもあり、大富教授は関西出身のトラキチだった。

ただ、おしゃべり上手だからここにいるわけでは、もちろんない。大富教授は福元社長とともにこのイベントを企画した「かごしま深海魚研究会」の発起人。売れないゆえに捨てられる深海魚が実は美味しいものだと知ってもらうため、「うんまか深海魚」と銘打って2020年から活動している。

左から、福元社長、大富教授、上園さん。「深海生物っぽいポーズ」とのことだが、すしざんまいが紛れ込んでいる。

鹿児島の海の上では、漁師たちの「そんなもん売れねぇから海に戻しちまいな!」なんてやりとりが繰り広げられてきたのだろうか。こんなにも美味しいのに、知られてこなかったんだね、おまえ。しみじみと寿司を味わいながら、鹿児島で深海魚が獲れるなんて知らなかったと、出発前に話していた鹿児島市内からの参加者のことを思い返した。

でも、これからは違う。「かごしま深海魚研究会」の地道な活動により、深海魚が美味しいものだと気付く人は着実に増えているだろう。イベント終盤には景品ありのクイズ大会で盛り上がった電車は、終点となる基地に21時半に到着。乗客のひとりは「もっと淡白かと思ったけど、想像した以上に美味かった」と言い、深海魚の味が完全に記憶に刻みこまれたようすだった。大富教授いわく「鹿児島大学に入るより難しい」10倍もの抽選倍率を制した20人が、深海魚を美味しい食べものとして認識した夜だった。

人生で初めて味わう深海魚。サムズアップの親指にも力がこもる。

「こんどは深海魚目的で店に行きたい!」そう言い残して帰っていったのは、クイズ大会で好成績を残し景品をゲットした乗客。紅白の水引がついた祝儀袋には、うんまか深海魚料理を提供する「かごしま深海魚研究会」加盟店のひとつで、今回の料理をつくってくれた「貴宝丸」のお食事券が入っていたという。

きっと彼はうんまか深海魚を求めてお店に行くだろう。食べにいってほしい。「かごしま深海魚研究会」加盟店は鹿児島県内に50店舗ほどあるという。需要があれば、ものは売れる。「それ、そんな見た目だけど最近は結構いい値がつくんだよ」と誇らしげに笑う漁師の姿を、照明が消えた電車の暗がりに見た気がした。

鹿児島の、いつもと変わらない日常にあらわれた、ささやかな非日常。それはゴトゴトと音を立てる路面電車が、未知なる深海魚を日常へと引きずり出した夜だった。

かごしま深海魚研究会
うんまか深海魚
WEBサイト:https://nanakubo.com/

※うんまか深海魚®️は鹿児島大学の登録商標です。

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